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ショートショート+(しょーとしょーとぷらす)では、電子ショートショート作家くにさきたすくがショートショートを使って何か新しいことをできないかを模索していきます。

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……イジョウ文字

……イジョウ文字

「博士。やっと仮名文字を捕まえました」
 汗だくになった若い助手が、仮名文字をつまんで高く掲げた。黒い文字がぴちぴちとその体を振り乱して助手の手から逃れようとしている。
「そうか! よく捕まえてくれた。良かった良かった」
 助手から文字を受け取った博士は、ほっと溜息をついた。
 シャーレを大型にしたような槽の中には透明な液体が入れてあり、その表層にたくさんの仮名文字が浮かんでいる。博士がつまんでいる文字をそこに落とした。驚いたのか"ぬ"は一瞬動きを止めたが、文字の間を縫うようにぬらぬらと泳ぎだした。
「いやいや、一時はどうなる事かと思った。この文字槽から逃げ出した文字は、使えなくなってしまうからな。しかし、"ぬ"の存在価値と言うのは、やはり無いのだな。"ぬ"を喪失していた間もとくに不便はなかったな」
「ええ」
「かなのキー配列で端に追いやられている理由が身に染みてよく分かったよ。"ぬ"のつく単語もそれほど思い浮かばない。"布"、"犬"、"カヌー"ぐらいだ。君もそうだろう。他に"ぬ"が付くような単語を見たことがあるか?」
「……みません」
 助手は文字槽に目を落とした。
「だろうな。"知らぬ存ぜぬ"などと否定形で使われる場合もあるだろうが、特に使う必要もないしな。そう。"ない"と言い換えてしまえば問題はない」
 博士は反応の鈍い助手の代わりに、うんうんと深く首を縦に振った。
「よし、念のためにもう一度確認しておこう。文字は全部そろっているな。もう逃げ出した文字はいないな」
 助手は泳ぐ仮名たちを一つ一つ指を差して確認して言った。
「ええっと。……いません。博士」
「そうか。よかったよかった」
「いえ、博士。違うんで……」
「どうした? もう逃げた文字はいないのだろう?」
「……みません。いえ、……いません。いえ、ごめんなさい。どうやら一文字逃げ出しているようで……」

 

いたちのたぬき

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